« なぜキプロスとマルタなのか? | トップページ | 今日の文明の衝突:Cyprus/Nicotia/Green Line »

2008年9月18日 (木)

文明の十字路とは、すなわち戦いの十字路なり

マルタ、キプロスとも、地中海交通の要衝に位置することから、古代から多くの文明が交流する場となってきた。「交流」といっても、交易や文化交流ではなく、実質は「戦い」であった。その支配権をめぐって、ギリシア、ローマ、ビザンティン、アラブ、トルコ、イギリス・・・と、両国とも様々な民族の支配を受けてきた。こうしたことを通じて、異文明の衝突の連続の歴史を持っていることを知識としてはもっていたものの、現地を訪れ町を実際に見るにつけ、そこここから実感された。観光地として残っている場所のほとんどは、戦場の跡地だったからだ。

ここでは、私が訪れた地を紹介しながら、文明の衝突の連続だった両国の歴史を現代からさかのぼる形で紹介していきたい。

→「訪問地 Photo Report」をご覧ください。

|

« なぜキプロスとマルタなのか? | トップページ | 今日の文明の衝突:Cyprus/Nicotia/Green Line »

サバティカルにあたって」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521659/42511891

この記事へのトラックバック一覧です: 文明の十字路とは、すなわち戦いの十字路なり:

« なぜキプロスとマルタなのか? | トップページ | 今日の文明の衝突:Cyprus/Nicotia/Green Line »