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2008年9月24日 (水)

ローマ帝国とキリスト教徒 聖ラザロ教会:Cyprus Ralnaka

Img_0296 Img_0299 首都ニコシアが紛争によって南北に分割されて以後、キプロスの空の玄関口となったのがラルナカ。いまやヨーロッパからのリゾートとして発展し、大きなリゾートホテルが海岸沿いに並んでいる。リゾートというだけでなく、この街も古い歴史をもち、古代からの遺跡が町のあちこちにある。

聖ラザロ教会は、新約聖書に「ラザロの復活」として取り上げられているように、ラザロが2度目の死を遂げた場所とされている。彼はイスラエルで一度死んだ後、イエス・キリストによってよみがえり、その後キプロスに渡って30年あまりこの地で司教を勤めたとか。まだキリスト教が公認される以前のことなので、激しい迫害もあったことだろう。地下にあるローマ時代の墓地は、迫害されたキプロスのキリスト教徒たちのものか?

ちなみに、ラザロの復活を見た人々は、イエスの力を信じた一方、支配者側のユダヤ人はその力を恐れ、どうやってイエスを葬ろうかと真剣に考えるようになったそうだ。

9世紀にこの場所でラザロの墓が発見され、当時(ビザンチン)の皇帝、レオン6世が教会を建立したといわる。現在の建物は17世紀に建てかえられたもの。イコンの収集でも有名で、教会に入ると祭壇の前にはたくさんのイコンが並んでいる。石造りの教会の建物とあいまってなんとも荘厳な雰囲気をたたえた教会で、入っただけで心が不思議と落ち着いた。

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