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2008年9月24日 (水)

今日の文明の衝突:Cyprus/Nicotia/Green Line

キプロスは国際的には「キプロス共和国」として認識されているが、実態は朝鮮半島のように、南北の2カ国に分かれている。北がトルコ系、南はギリシア系である。このトルコ系 対ギリシア系に分かれての内線が、いわゆるキプロス紛争である。

キプロスが英国の統治から独立したときに、ギリシアに所属するか、トルコに所属するか、二派に分かれての争いとなったのだ。

Img_0358

u       民族対立の場 グリーンライン

トルコ系北キプロス独立以来、北と南の境界線に設けられたのが「グリーンライン」。国連軍の統治下におかれている。グリーンラインは首都ニコシアの真ん中を通り、町をちょうど南北に二分割している。

グリーンラインを渡るポイントは数箇所おかれているが、徒歩でニコシアに設けられているポイントのみ。それも、24時間通行可能となったのはつい最近のことで、それまでは午後5時までに戻らなければならなかった。ニコシアでクロスポンとを渡って、北に渡ってくるのが、今回のメインの目的のひとつ。近頃は紛争もなく平和であるとはいっても、どんな場所なのか多少緊張しながら向かった。

日本では、手に入れられる北側の情報はほとんどなかったので、まずはニコシアのインフォメーションセンターに向かう。詳細な地図を手に入れると同時に、クロスポイントの場所と状況について尋ねてみた。窓口の親切そうなおばちゃんは、あっさりと場所を地図で示し、「なーんの問題もないわよ」とのたまう。あまりのあっけらかんぶりに、こちらが拍子抜けしてしまった。

クロスポイントのあるのは、街の目抜き通り。ぶらぶらと観光をしながら向かう。南北横断は、キプロスでも最も人気のある観光となっているのだろう。たくさんの欧米人の観光客が国連軍による入国審査(?)窓口に列をなしていた。

入国にはビザが必要なのだが、日本は来たキプロスと国境がないため、パスポートにビザのスタンプを押されると帰国のときにひっかかる、という事前情報があったので(by「地球の歩き方」)別にスタンプ用のノートを持っていった。しかし心配は杞憂で、先方でちゃんと紙を用意してくれていて、そこにスタンプを押して渡してくれて、あっけなく入国。

前に並んでいたイギリス人(?)のおばさんたちは、パスポートを持っていないため入国を拒否されていた。

Visa

北キプロスのビザ

グリーンラインという停戦ラインは幅が約2030mあり、クロスポイントでは通路のようになっていて、南から北に入国するには、ここを通り過ぎていかなければならない。この手前と向こうに出入国審査の窓口がある。通路は、壁でずっと覆われており、それがライトイエローと青で、わざとらしく明るさをかもし出しているのが帰って哀しい。このラインにあたるエリアは当然ながら誰もすむことができないわけだが、壁の隙間からのぞいてみると、紛争のためなのか、あえて壊したのかはわからないが、廃墟となっていた。

Img_0357

北側の地図は、日本でもインフォメーションでも入手できなかったので、通路の北側にある北キプロスのインフォメーションに立ち寄った。そこで地図もくれたのだが、その他いろいろなパンフレット類を山ほど渡してくれる。何をこんなにたくさん渡されたのか見てみると、その中のひとつは南キプロスがいかにトルコ人を弾圧しているかというキャンペーンパンフレットだった。南キプロスでは、逆にトルコ側がいかにギリシア系住民をひどい目に合わせているかをアピールする展示コーナーがあり、お互いに自国の正当性を訴えている。今は落ち着いているとはいえ、相互不信の根深さを感じさせられた。

キプロス紛争は、もともとは英国統治から独立した際に、ギリシアかトルコか、どちらに帰属するかの論争から端を発したものである。結局、独立国家としてどちらにも所属しないことになったものの、2つの民族の主導権争いが北キプロスが独立するにまで至ったのだ。したがって、北キプロスがトルコの援助を受けているように、南側もギリシアの大きな支援を受けている。そのことに気がついたのは、北キプロスに入国してからだ。グリーンラインを越えると、町の風景ががらりと変わり、こじんまりしていたとはいえヨーロッパのしゃれた町並みから、急にミナレットの目出つイスラム的な町並みに風景が変わる。同時に、急に赤と白に星月の印のトルコ的な国旗が目立つようになる。(ちなみに、北キプロス共和国の国旗も赤と白でトルコのそれと非常に似ている)そういえば、南側では、妙に青に白のギリシアの旗を目にした。白地に黄色いキプロスの島のマークのキプロス共和国国旗はほとんど印象に残らなかったのに・・・。Img_0334おそらくキプロス国旗よりもギリシア国旗の方が多く掲揚されていたのではないだろうか?

EUにも加盟し、ヨーロッパの好景気の恩恵を受けている南側と比べ、さしたる産業もない北キプロスは非常に貧しいといわれている。確かに、町並みはややくすんだ感じがする。しかし、その分、妙にゆるいというか、のんびりとした空気が流れ、痛ましいというほどの貧しさは私は感じなかった。ディオールやサンローランといった高級ブランドショップもあり、人々は町のカフェなどでお茶を飲んでいる。市場には新鮮な野菜や肉が売られている。私の回ったエリアはグリーンライン周辺だけなので、もっと奥に入ってみれば印象が変わるかもしれないが・・・。ただ、紛争のためかはわからないが、破壊された建物があちこちに残されていたのが印象に残った。

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