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2008年9月 6日 (土)

なぜキプロスとマルタなのか?

大学の卒論で扱ったのがキプロスなんです。ええ、かなり珍しいですが、それが何か?

どうも私は昔から、異文化の交流というものに興味があるようで、塩野七生氏の影響で興味をもったイタリアルネサンスから関心が拡大し、イタリアルネサンスと深く影響しあったオスマントルコとの関係について卒論を書くこととなったのです。

そこで舞台として取り上げたのが、ベネツィア共和国とオスマントルコとのキプロスを巡る攻防戦でした。

できれば卒論を書いた時期にキプロスを訪問したかったのですが、ちょうど当時はキプロス国内がキプロス紛争で緊張が極度に高まっていた時期であり、断念しました。

しかし、紛争があるので行くのが難しいということもあり、キプロスという国は、私の中でずっと「いつか訪ねてみたい国」となっていたのでした。

ここにきてかなり緊張が和らいだということを聞き、思い切って訪ねてみることにしたのです。

マルタは?はっきりいっておまけでした。まあ、キプロスと同様に、古くから多くの文明が交流しているということもあり、どうせ遠くまで行くならいっしょに行ってしまえ、というのりで行くことにしたのです。

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