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2008年9月24日 (水)

イスラム教とキリスト教~ヨハネ騎士団vsオスマントルコ:Malta/Valletta

街全体が世界遺産に指定されている聖ヨハネ騎士団の街、ヴァレッタ。観光客の多く集まる場所であると同時に、マルタ人が働いたり、買い物に訪れたりする場所。ただし日曜日は店が閉まってしまうためか、閑散としている。
主な観光名所の建物は、騎士たちの住居などが転用されたものも多い。

「聖ヨハネ騎士団」が、十字軍遠征を目的に結成されたことと、マルタが地中海交通の要衝という地政学的な理由から、名所旧跡はほとんどが、戦いに関するものだ。

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たとえば、町の突端にある「聖エルモ砦」。戦争博物館なるものが併設されている。ただし、あいにくと私の訪問したときは”閉鎖中”。夏の観光シーズンに、ずいぶん商売っ気がないこと。なめとんのかい、とつっこみたくなる。

<聖エルモ砦:中に入れなかったので外から・・・>

ところで「セント・エルモス・ファイアー」という映画があったが、ここで指しているのは、この砦の火なのだろうか?

【騎士団長の館/Palace of the Grand Masters】

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ヴァレッタ観光のハイライトの一つ。1階が武器庫で2階がステートルームになっている。美しいゴブラン織りのタペストリーがいっぱいにかけられた部屋や晩餐会用の大広間など、騎士団時代栄光を感じさせる部屋の数々が見もの。ただし、宮殿という名前の割には質素で、軍隊からの成り立ちを彷彿とさせた。

武器庫は現在、博物館となっており、騎士団の所有した武具、武器が展示されている。映画でしか見たことのない鎧やら鎖帷子やらが見られて感動。思ったより当時の人は身長があったのだなー、とか、こんな重いもん着てよく戦ったなあとか、とりとめなく当時の騎士の生活を勝手に一人で偲んでみた。

古くから戦場となったマルタだが、中でも16世紀のオスマントルコの戦いは、激烈を極めた。4万人のオスマントルコ兵の攻撃に対し、4ヶ月にわたる戦いを騎士団側は耐え抜いた。オスマントルコ軍が撤退した後、防衛軍を指揮した騎士団長ヴァレットの名前から、この町は名づけられた。またこのときに築かれた砦が「聖エルモ砦」である。この砦は、その後ナポレオンのフランス軍侵攻や第二次世界大戦時にも、マルタを守る文字通り砦となった。

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